日本南極地域観測隊の記録 南極大陸

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※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

ストーリー

十二月一日−−インド洋をアフリカのケープタウンに向けて進む「宗谷」。隊員がテープレコーダーで家族の声を懐しんでいる。回想形式で北海道涛沸湖の耐寒訓練、乗鞍、立山などの訓練、東京出港の模様が紹介される。夜は赤道祭が賑かに始まる。十九日−−ケープタウン入港。先着の随伴船「海鷹丸」と会う。現地民の盛んな歓待。二十九日−−「宗谷」「海鷹丸」はケープタウン出港。一月四日−−元旦を暴風圏で迎えた「宗谷」は、四十度前後もローリングする甲板で新年の挨拶を交す。この四日、卓状氷山を発見、船内は俄かに色めき出す。七日−−暴風圏を突破、快晴のエンダービー沖へ。付近の氷上にはペンギン、アザラシが遊び南極へ近づいたことを思わせる。十四日−−「宗谷」はクック岬北方四〇哩の沖に迫る。セスナ−−水上機「さち風」が初飛行。隊員は仮泊中に氷上で地磁気の観測を行う。十六日−−プリンスハラルド目指し密氷群に突入。ヘリコプターで水路を探しつつ南下。二十日−−定着氷の端に到達。二十二日−−氷を爆破しながら前進。二十四日−−青氷のふちに接岸。これからの氷は厚く「宗谷」では前進困難。二十五日−−この停泊位置を最終的着岸地として荷物の揚陸作業を開始。基地をオングル島と決め犬ゾリ隊、西堀副隊長らの雪上車が偵察に出発。二十九日−−午後八時五十七分(日本時間三十日午前二時五十七分)遂にオングル島に日章旗を掲げ、この地帯を「昭和基地」と命名、つづいて基地建設資材の「宗谷」からの輸送を始める。「昭和基地」では居住家屋が組立てられ、アンテナが張られ基地の姿を整え始める。隊長はヘリコプターで大陸を調査。二月十四日−−越冬資材百五十トンの揚陸を完了し、西堀副隊長以下十一名の第一次越冬隊員決る。十五日−−「宗谷」離岸。全員が泣くうちに船でのお別れパーティ。雪の降る中を「宗谷」は静かに離れる。十七日−−厚い氷塊の詰った密群氷域に突入した「宗谷」は前進後退を繰返し必死の脱出をはかる。が遂に立往生。二十八日−−「宗谷」救助にソ連船オビ号が現われ、その力で「宗谷」は密群氷域を脱出、外洋に出、「海鷹丸」と共に帰国の途に着く。


解説

昭和三十三年の国際地球観測年観測に備えて日本が送った予備観測隊の記録映画。観測船「宗谷」及び随伴船「海鷹丸」が昨年十二月東京港を出発以来四万四千余キロの大航海を終えて帰港するまでを、「昭和基地」建設を頂点に一部始終を収めた。撮影は「カラコルム・ヒンズークシ学術探検記録 カラコルム」を撮った林田重男(観測隊員)編集を伊勢長之助、録音を国島正男、音楽を別宮貞雄が担当した。解説はNHKの秋山雪雄。イーストマンカラー。


配給東宝
制作国日本 (1957)
ジャンル 

1957年06月01日より



スタッフ

企画
製作
撮影
音楽
録音
編集
解説
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