赤道直下一万粁 アフリカ横断

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※ストーリーには結末の記載を含むものもありますのでご注意ください。

ストーリー

昭和三十二年十二月、関根吉郎助教授を隊長とする「早稲田大学赤道アフリカ遠征隊」は日本を出発、アフリカ横断踏査旅行の途についた。まずナイロビからキリマンジャロ登頂の根拠地モシへ。女性隊員二名も混っていよいよ登頂がはじまる。キリマンジャロは標高六〇一〇米でアフリカ最高峰。四時間という短時間で登ったため、隊員達はみんな高山病に見舞われた。とくに重い撮影機材を持つ林田、今村両キャメラマンの労苦は大変なものである。その後一行はケニア草原の自然動物園を訪れた。象、ライオン、河馬、キリン、ダチョウなどが大草原を濶歩し、弱肉強食のすさまじい闘いが行われる。だが猛獣類の減少と繁殖はうまく均衡がとれているそうだ。見物人たちは危険をさけるため、車上から遠まきに見物するわけである。次にマガディ湖、ナイバシャ湖を訪れ、ナイバシャ湖を形づくるソーダの調査を行う。この湖はフラミンゴ(紅鶴)の群棲地帯で、数千数万の飛翔は壮観そのもの。やがて遠征隊はウガンダ地方へ。ここには首府が二つあり、エンテベは行政の中心で英総督府がある。一方カンパラは商業都市でインド風の街。一行はこの街からいよいよ密林地帯に入り、深い森林の中に住むピグミー族をたずねる。身長五呎以下、ヤスリをかけた鋭い歯をもち、性格は朗かで人なつこい。彼らは農耕をせず、槍やワナで捕えた獣類を食べて生きている。一行は彼らの踊りや音楽をたのしんだのち、スタンレーヴィルへ出てコンゴ下りを開始する。果てなき大密林を悠容と流れるコンゴ河の景観。やがて遠征隊の最終地レオポルドヴィルに到着。ここは一九三二年以後ベルギー領コンゴの首府となった街で、大通りはすっかりヨーロッパ風。だが原住民のマーケットでは相変らぬ現地風俗があふれている。こうして、印度洋側からはじまった赤道アフリカ横断踏査は、大西洋側に到達するところでその行程を終えた。


解説

日映新社が「メソポタミア」に続いて製作した記録映画。早稲田大学アフリカ遠征隊に同行した同社のカメラマン林田重男と今村俊輔が撮影してきたものである。アフリカの大自然と、現代に生きるアフリカ人の生活が記録されている。色彩はイーストマンカラー。


配給東宝
制作国日本 (1958)
ジャンル 

1958年06月02日より



スタッフ

製作
撮影
音楽
編集
解説
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